みんなのブログ - 目が覚めたら令和

京都ファミリーハウス

目が覚めたら令和 (2019-5-4 18:17:13)
前半は肌寒く、後半は汗ばむ連休ですね。 この10連休をどのようにお過ごしですか? 孫たちが通う保育園も10連休ということで、娘は仕事を休むことになりました。 保育園に通う子どもたちの親が、みんな10連休の人ばかりではないと思うのですが・・・ 保母さん達にも家庭があるから、保育園を開けてとも言えないし、なかなか難しいところですね。 平成の最後には、恩師が3月に亡くなっていたことを聞き、みんなに連絡して集まれるものだけ集まって、翌日は明日大阪で行われるバザーの準備をして、その翌日には娘たちが2泊3日でやってきて、娘が帰ると同時に曾お婆ちゃんの実家を取り壊すので片づけを手伝って〜と母のまた従兄弟から連絡があって・・・と、なかなかタイトな10連休となっています 都会では曾お婆ちゃんの実家とか、母のまた従兄弟なんて、他人と同じで会ったこともないというのが普通なのでしょうけど、血縁の者が固まって住んでいる田舎では普通に行き来があります。 連休明けに家を取り壊す前に、少しでも救出したいということで、連休の渋滞の中を昨日行ってきました。 大量の絵本の寄贈先を決めて、剥製の寄贈先を決めるために写真を撮って、蔵の食器を確認して・・・と大忙しでした。 今朝は筋肉痛です 昭和後期の食器は諦める、古くて今は買えないようなものを優先する、漆器は直すのにすごいお金がかかるので状態のよいものだけ救出すると決めたものの、ホコリとカメムシの死骸が大量にあって、エプロンも軍手もマスクも真っ黒。 家と一緒に壊されるより、使ってもらって壊れるほうが食器も嬉しいから、割っても気にしないでと言われて、あれこれ持たされて帰ってきました。 一つの柄で、お皿・飯茶碗・蒸し椀など食器一式が作られているのですが、昔は20客が一セットで、加えて割った時のためにプラス1を買っておくものだったとか。 今のように同じ食器がすぐ手に入る時代じゃなかった、ということなのかな。 今時、家に20人も来ないので、必要数だけにさせてもらって持ち帰り、夜中までかかって家族総出で洗う。 シンクがホコリでドロドロになりました。 昔はこういう柄が流行っていたのかなぁ。 柄が華やか過ぎて、料理を盛ったところが思い浮かばないのだけど、ゴミにされるより良いと割り切って使おう。 大正5年の箱書きのものは、昭和16年11月6日の新聞にくるまれてました。 戦争中は出してもらえなかっただろうし、昭和が終わったことも、平成があったことも知らずに、目が覚めたら令和になっててビックリしているのではないかな。 眠りから覚めた食器には、現代の料理って想像したこともないようなものばかりでしょうね。 夫は、今朝焼き餅にお醤油をかけるのに小皿を使ってたけど さぁこれから令和を一緒に生きていきましょね。
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