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管理人  (2008-4-29 23:41 )

より子さん

公式ブログ http://blog.oricon.co.jp/yorico/

より子。天使の歌声―小児病棟の奇跡 http://minna.eek.jp/fm/modules/amaxoop2/article.php?lid=40

本名:高野頼子(たかの よりこ)。昭和59年5月13日、栃木県宇都宮市生まれ。
2歳で小児がんに侵されたが、6歳のときに奇跡的に克服。闘病生活中に出会ったピアノと絵の才能を開花させ、その歌声が音楽プロデューサーの耳にとまり、ニッポン放送に出演。それがきっかけで平成14年3月にアルバム「Aizenaha」でインディーズデビュー、17年1月にアルバム「Cocoon」でメジャーデビューを果たした。同年3月には初の全国ツアーを開催。

管理人  (2008-4-29 23:42 )

 全国ツアーの直前だった一昨年4月に卵巣腫瘍摘出手術を受けたシンガー・ソングライター、より子(23)が完全復活し、4月に改めて全国ツアーを行うことが11日、分かった。新アルバム「願う」を携えて2年ぶりに全国のファンへ生歌を届けるより子は、「たくさんのメッセージをもらい、私の歌への思いがあふれていた。みなさん、待っていてくださいね」と意気込んでいる。

 心を癒やす“天使の歌声”が北は札幌、南は福岡にまで届く。平成18年4月に予定されていた全国ツアーが、直前の卵巣摘出手術によって緊急中止。思わぬアクシデントから2年、より子が“悲願”を復活させる。待ちに待ったステージを控えて、前向きなコメントを口にした。

 「たくさんのファンレターやメッセージを送っていただき、全国ツアーをやれることになりました。より子自身も楽しみにしてますので、待っていてくださいね」

 2歳のときに小児がんに侵されたものの、ピアノの演奏を心のよりどころにして6歳で克服。その半生は「天使の歌声〜小児病棟の奇跡〜」のタイトルで、平成14年に松浦亜弥(21)の主演でドラマ化された。

 生活環境が激変するなか、1年間の活動休止をへて17年1月にメジャーデビュー。だが、1年3カ月後の精密検査で、小児がんを患った部位に近い卵巣に腫瘍が見つかり緊急入院した。

 ツアー中止決定直後には公式ホームページに、1500件以上のメッセージが送られた。ファンの励ましが、何よりの力となった。摘出した腫瘍は幸いにも良性で、手術から2カ月後には復活ライブを開催。以降は3カ月に1回の通院と投薬治療を続けながら、単発ライブに出演してきた。

 今月16日には2年ぶりとなるサードアルバム「願う」を発売。4月6日の札幌を皮切りに全国6都市を回るツアーではアルバム収録曲とともに、中止になったツアーで歌う予定だった楽曲も披露する。

 「自分が今までにどれだけの人に支えられて、どれだけの人に思われていたのか、やっと気がついた」。苦難を乗り越えたからこそ、伝えられる言葉もある。感謝の気持ちを込めて、より子は全国で歌い続ける。

SANSPO.COM 2008年01月12日

管理人  (2009-6-12 8:37 )

 小児がんへの理解と支援を訴える「ゴールドリボン運動」の一環として「ゴールドリボンウオーキング」が今年も日比谷公園で4月29日に開催された。初めて参加し、ミニライブを行ったシンガー・ソングライターのより子さん(25)は、自身も小児がんを経験している。「チャリティーライブをやれるようになるのが目標」と話すより子さんに、病気のことや歌への思いを聞いた。

 ◇音楽で小児がん伝えたい
 −−小児がんで入院していた時のことを教えてください。

 2歳から5歳まで、卵巣がんでずっと入院していました。生まれてすぐ病気になったので、つらい、苦しいということは感じなかったです。病院で母を独占できたので、私としては楽しかった。「大変な病気だったんだ」と分かったのは、退院して小学校に行き始めてから。「どこの病院に入院していたの」と友達に聞いたら、誰も入院してなかったので驚きました。5歳までは、髪の毛があったという記憶もないです。

 −−音楽に触れたきっかけは。

 3歳のころ、おじいちゃんからおもちゃのピアノをプレゼントしてもらったのがきっかけです。聞こえてくる音を耳でコピーして、再現したりしていました。病院にもオルガンがあったし、とにかく音が出るものに敏感でしたね。

 −−それからずっと音楽を続けていたのですか。

 ピアノを習いにいったのは1年ぐらい。後は独学で、1日2時間以上は曲を作ったりしていました。病院で大事な友達が亡くなった時、なぜ自分が生かされたのかを考えていました。何かを伝えなければならない、生きるためには音楽をやらなければならないと、すごく必死に取り組んでましたね。

 −−17歳でデビュー。06年に再び卵巣に腫瘍(しゅよう)が見つかったんですね。

 「ついに来たか」と家族も私も思いましたね。1週間後に迫っていた全国ツアーをキャンセルしなくてはならず、罪悪感でいっぱいになりました。でも、ファンの人たちからたくさんのメッセージをもらい、本当に励まされたんです。号泣しながら読みました。

 それまで音楽は、自分との闘いでしかなかった。でもこの病気をきっかけに、「人のために歌う人生が用意されていた」と分かったんです。いろんな人に感謝する気持ちが芽生えました。

 −−手術も成功し、活動再開後は、看護学校や病院でのライブやゴールドリボン運動などに取り組まれていますね。

 ゴールドリボン運動は、「これを私がやらないでどうするんだろう」という感じでしたね。実体験をしているということで、説得力もあるでしょうし、参加している人たちとエネルギーを交換しあえる。

 この運動をきっかけに、音楽を通して、小児がんや婦人病のことをもっと伝えていければと思っています。<聞き手/社会部・田村彰子記者>

 ◇記者の一言
 「病気をすると、自分に耐える力がつくんです」と話すより子さんは、とても力強く明るい女性だった。つらい経験を力にして、ゴールドリボン運動や病院でのライブなどで歌うより子さんの歌は、多くの人を力づけているのではないだろうか。

 「病気をしている人を『かわいそう』だと特別扱いしないでほしい」という言葉をしっかりかみしめた。

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 ■人物略歴

 ◇よりこ
 1984年、栃木県生まれ。05年、アルバム「Cocoon」でメジャーデビュー。小児がんを克服し、デビューするまでを描いた本「より子。天使の歌声〜小児病棟の奇跡」が出版され、テレビドラマ化された。06年の活動再開後は、看護学校などでのイベントを積極的に行う。17日にはアルバム「記憶」をリリース。売り上げの一部は、小児がんの啓発や治療率の向上のために役立てられる。

毎日新聞 2009年6月10日
http://mainichi.jp/area/tokyo/news/20090610ddlk13040221000c.html


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