風の子  (2018-12-9 3:34 )

はじめまして。先月9歳の娘を急性腎不全で亡くしたばかりの風の子と申します。もうすぐ1ヶ月が経とうとしています。娘は絨毛癌という希少な脳腫瘍だったのですが、長期生存率10%しかない難病でした。頭を3度切り、なんとか全摘手術は成功したのですが、いろんな神経を傷付けてしまったため 麻痺が残り、歩くのは困難で、車いすの生活、目が見えなくなって、味覚も鈍くなり、新しい事を覚える事が苦手になり、命が助かる代わりにいろんなものを失いました。唯一字を書いたりする事だけは奪われずに済みました、、、。
病気が見つかってから1年8ヶ月、何度も死にかけ、何度も助かりを繰り返して来ました。

でも、私には1番後悔してる事があって悔しくて仕方ないんです。病院が娘の病気を見つけてくれなかったんです。娘さんは赤ちゃん返りですって言って、検査も診察もせず1ヶ月入院だけさせて放置したんです。何度もMRIを撮って下さいとお願いしたのに、必要になったら撮ります と無視し続けて、娘は1ヶ月後 意識を失いました。慌ててMRIを撮って、お母さん、脳に腫瘍がありました。と言われ、ブチ切れました。腫瘍がありました、じゃねーよ!!あんた赤ちゃん返りって言ったじゃん!検査してよって頼んだのに、無視し続けた結果、脳腫瘍でしたって、ハイそうですかとは言えないよね!ふざけんな!!と、まぁ ものすごい勢いで暴れました。
あんな医者に見せたばっかりにって思う気持ちがあって悔しくて、悔しくて…。

その後、大学病院に運ばれて、1ヶ月意識不明のまま、このまま意識が戻らなければ、植物状態になる可能性もあると言われたのですが 奇跡的に意識を取り戻し、そこから科学療法と放射線をし、1年4ヶ月後、在宅看護に切り替えて、退院する事になったのですが、退院してわずか5ヶ月で天国へ行ってしまいました。今は自分を責めています。
娘が熱を出し、始めは風邪ひいたのかな?位に思っていたのです。娘が 病院には行きたくないの。お母さんとお家にいたいの、お願いだから。そう言って、手を合わせるので、そんな事滅多に言わない子が珍しいなぁと違和感を感じながら、身体をさすったり、していたのですが、その僅か10分後、急変、ごめん、お母さん限界だから救急車呼ぶからね、って言ったら 小さくうなづき
お母さん、ごめんね。それが娘の最期の言葉でした。病院に着いた時には心肺停止、私のせいで娘が死んだ、今はその申し訳ないという後悔と戦いながら乗り越えようとしています。
よく、時間が解決してくれるよって言う人がいますが それって嘘だと私は思います。日にちが経てば経つ程、娘ロスになっていくような気がします。娘が旅だってから、毎日、夜中の2時に目が覚めます。娘が息を引き取った時間です。もしかしたら娘が私を起こしているのかもしれません。

長くなってしまって申し訳ありません。最後になりますが、私は思います。
何にも悪いことしていない子供たちが何で病気になってしまうのか、この先の未来全ての病気が治る世の中になるといいなぁって願わずにはいられません。

優しい息子の母  (2018-12-9 21:31 )

(優しい息子の母さんからのご依頼で、投稿を削除しました)

風の子  (2018-12-12 22:51 )

優しい息子の母様 こんばんは。辛い思いされたんですね。自分が死ぬより辛いですよね?明日でちょうど1ヶ月です。私の中ではもう何年も声を聞いてないと思う位、長い1ヶ月です。そして49日は元旦です。悲しさとおめでたい事が同じ日に来ます。

声が聞きたい、抱きしめたい、会いたい…毎日が切ない。当たり前に大きくなって、彼氏作って、結婚して、ママになって、おばあちゃんになっていくものだと、娘の成長を夢見てたのに たった9歳で天国へ行ってしまいました。

娘の命が尽きようとしてた時、私はがんばれって思う気持ちと もう頑張らなくていいよ 楽になりなよって思う気持ちの間にいました。先生がおばあちゃんがここに来るまで 心臓マッサージ続けますか?って言われたんですけど、もういいです、やめて下さい。もう頑張らせないでください。もう充分、苦しんだし、頑張ってくれたので。そんな気持ちでいました。

涙より先にお疲れ様、頑張ったね。抱きしめなが
ら言いました。

優しい息子の母様…時間が経っても悲しみが癒える事なんてないと、私は思っています。
なので、私は泣きたくなったら我慢はせず思い切り泣くと決めています。もしかしたら娘はそんな私を見て 笑っているかもしれないけど、私が死んだら1番最初に会いたいのは娘だから、それまでは先に天国に行ったじぃじに預ける事にします。お互いに辛い事沢山あると思います。でも子供を亡くすよりツライ事なんか絶対ないから、これから何があっても大した事ないって思って生きて行きます。頑張りましょうね。

風の子  (2018-12-13 12:41 )

優しい息子の母様、こんにちは。ツライ思いされたんですね。子供が先に亡くなることは自分が死ぬよりツライ事ですよね。自分が死んでも変わりに子供を育ててくれる人はいるけど、子供の代わりは誰にも出来ないですもんね。娘が死んで今日でちょうど1ヶ月です。そして49日は元旦です。

娘の命が尽きようとしてた時、私は 頑張れって気持ちともう頑張らなくていいよ、楽になりなさいって気持ちの間にいました。先生がご家族が来るまで心臓マッサージ続けますか?と言われたのですが、もうやめて下さい、もう充分頑張りましたからこれ以上は…。まだ温かい娘の体を抱きしめながら、よく頑張ったね、生まれてきてくれてありがとうね。って

最期まで病気から逃げず戦った娘を私は誇りに思います。
私なんかより強くて優しい娘が私は大好きです。

優しい息子の母様…この先哀しみが癒える事はないと私は思っています。だけど残された者は何とか乗り越えたふりをしながら生きていかなくてはいけません。お互い、ツライ思いをこれから沢山するかもしれませんが、自分の大事な娘や息子さんを亡くす事よりツライ事はないはずなのでそう思って生きていこうと思います。

今は5年前に先に天国へ行ったじぃじに預けて、私が逝くのを待っててね。って娘には言っています。

優しい息子の母  (2018-12-13 23:36 )

風の子さん、こんばんは。
風の子さんは四十九日もまだで、とても辛い中にいらっしゃるのに、優しい言葉をかけてくださりありがとうございます。
娘さんは長く闘病されていたんですね。娘さんの最後の言葉…優しい娘さんだったのですね。最後までお母さんに見守られて、きっと安心して眠ったのではとおもいます…

子供が自分達より先に死ぬなんて考えもしなかった事でした。子供が生き返るならどんなことでもするし、自分の命と引き換えてもいいから息子を生かせてあげて欲しいと今でも思います…

子供が亡くなってからの1ヶ月は、今までになくなんて長い1ヶ月だろう…と、風の子さんと同じく、私も思っていました。
四十九日が終わって仮祭壇を片して、ほんの少しだけ落ち着きました。でも息子の部屋に入ると勉強しようと買ってあった新品の参考書が何冊もあり、志半ばで亡くならなければならなかった息子の気持ちを考えると大泣きしてしまいます。辛すぎるのであまり部屋には行かないようにしています…

病気で食べたいものも食べれなかったまま亡くなったので、食べたいものを食べさせてあげたかったです。料理を作っていても思い出して悲しくなっちゃいます。

風の子さん、子供を誇りに思う気持ちも同じです。頑張って生きた子供に、私も自分が死んだら会いたいから、息子に会いに行けるような生き方をしたいと思っています。
でも、前を向ける瞬間と、もうダメだ生きていけないかもと絶望する瞬間と、交互にやってくる毎日ですよね。
今はまだ立ち直るなんて当分…という感じですが、ただ人に迷惑をかけることをせず、夫ともう1人の子供を大切にして、残りの人生を送っていきたいと思っています。



かーりー  (2018-12-24 12:04 )

風の子さんはじめまして。
かーりーと申します。

8年前の8月に亡くなった息子も脳腫瘍でした。
うちは退形成性上衣腫の髄膜播種でした。
今でも治せない病気として扱われています。
亡くなった時刻も娘さんとよく似ています。
深夜1:55です。
その時間に目が覚める。何度も経験しています。

うちも町の小児科を受診した時は、精神的なところを疑われました。
頭痛も言っているのに発達系の話ばかり…。

たまたま別のオールラウンダー的な内科を受診してすぐに画像診断を勧められ、発覚しました。

2年半ほど闘病して、亡くなってしまいました。

何年経っても悲しみは消えません。
子どもが亡くなってから出会った人たちの殆どにはその事は伝えていませんし、私は離婚後シングルで実家に帰って育てていて、
両親は今でも私が泣いたりしてることを知りません。
心療内科の通院も親が嫌がるためしたことがありません。
悲しみとは自分一人でしか向き合うことが許されずに何年も経ってしまいました。
今仕事をしていても、自分は仮面を被っているだけで周りとは異質なのだという気持ちが常にあります。

行事のあるシーズンは特に辛いです。
息子と行ったクリスマスクルーズやプレゼントや…厳しいです。
年賀状もしんどいですね。

風の子さんは最愛の娘さんを亡くされて間もないので、今冬の年末年始は特に厳しいと思います。
どうぞ少しでも心が癒やされるように。
辛い思いをする瞬間が一つでも少なく済みますように。

風の子  (2019-1-12 21:31 )

かーりー様

はじめまして。私もシングルで離婚したちょうど一年後、娘の病気が見つかりました。私は今でも娘が死んだ事を認めることができません。娘は救急車の中で心肺停止しました。今は救急車のサイレンを聞くだけで気が狂いそうになります。

かーりー様、泣くのを我慢するのは良くない事だと私は思います。何年経っても苦しい気持ちは変わらないはずです。1番ツライのは誕生日だと思うのです。私の娘は9歳でしたから、どんな女の子になっていたのかな?とか、20歳になった娘に会いたかったな…とか、これから誕生日が来る度に考えてしまうと思います。
まだ娘がいなくなってから2ヶ月しか経っていないのにもう何年も経っているかのような気がします。娘が大嫌いな薬も、お薬カレンダーにそのまま残しています。娘が頑張った証なので捨てる事が出来ません。何一つ、娘のものは処分出来ずにいます。見ればツライのに、今でも ご飯を娘の分も作り、遺影を置いて一緒に食べています。
毎日、泣いています。

私の事を気にかけてくださりありがとうございます。お互いにまだまだ、辛さ、淋しさ、虚しさと向き合わなきゃいけない日々だと思いますが、無理せずに頑張りましょうね。それでは。

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