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たんたんママ  (2018-7-12 23:18 )

骨肉腫を患った娘は7ヶ月の闘病の末、5月12日に天国へ行きました。12才でした。
いろいろな後悔がいろいろな場面で浮かんできて、叫び出したくなります。四十九日を終え、心が変化していくのを待っているような、そうなっていくのを拒んでいるような、そんな事を考え出すと余計に混乱してしまうような、混沌とした心情です。
こちらの寄らせていただくようになって、同じような気持ちでいらっしゃる方が多く、混沌とした心に清水をかけてもらうような漢字です。
でも、だからといって気持ちが整理されるものではないですね。突然に涙が溢れることは一日に何度もあります。
小学5年生の弟がいるので仕事は考えていません。一日中家事をこなして過ごします。部屋の掃除、洗濯、今は庭の草取りが大変です。でも、どれもあまり考えてやることではないので、気がつけば入院中の事をあれこれ考えてしまっています。
娘と一緒に逝くつもりでした。でも、大好きだった弟を見捨てたら娘に何と言われるか。思い止まりました。
とにかく家の中の汚れたところが腫瘍に思えて、庭の植物にいる虫や病気が腫瘍に思えて、必死になってキレイに健康になるように手をかけています。
それも最近、何もかもが嫌になってきました。この先どうなっていくんだろう、どうしたらいいんだろう、どうやって生きていったらいいんだろう。
こんな暗い話し、誰にも話せないので思いきってこちらに書き綴ってしまいました。

はっくんママ  (2018-7-16 18:37 )

はじめまして。
息子を亡くしてから、辛くて苦しい毎日です。息子に会いたくて会いたくて。
息子を亡くした後は死の悲しみが違いすぎてシングルマザーとなり、3人育てるため、復職しましたが現実、働く、生きるは辛いです。
息子は死ぬのが怖いと言ってました。
今、どうしてるのか聞きたい気持ちが
消えません。身勝手ながら、周りの誰もわかってもらえない気がしています。
なので投稿しました。
時間な経つと、余計取り残されたような、息子がいたことが忘れられたような
気がしてだれにも会いたくなくなりました。身体に空洞ができて、そこに真っ黒な固まりがある感じです。
笑えなくなりました。どのようにしたら
よいかわかりません。

たんたんママ  (2018-7-18 0:03 )

はっくんママ、おつらいですね。一年以上たっても気持ちは変わらないですよね。
私は息子の前では泣きませんが、お互いに娘・姉を思うことを語り合うようにしてます。息子も私の前では泣きません。でも、泣けちゃうことがあるんだといいます。
娘は12才でしたが、12年分のたくさんの思い出があって、それと同じだけの心の動きがあって、娘との関係がありました。これから思春期を迎え、未来がありました。それぞれが異なるから、私のこの思いも誰にもわからないだろうと思ってしまいます。
ただ、そういうところが同じなんですよね。

今日はラベンダーを移植しました。
娘のお骨から見えるところに。
後悔ばかりの毎日ですが、今、娘に出きることをしてあげられたときは、気分がいいです。

たんたんママ  (2018-7-25 15:44 )

夏休みに入りました。毎日暑いですね。昨年の夏は二人分の宿題に追われながら、おでかけやテニススクールの予定をこなしていました。その合間に整形外科の通院。キレイなレントゲン写真を見ながら成長痛と言われ、湿布を貼ったりサポーターを選んだり。我が家には膝用の形の違うサポーターがいくつもあります。
動物園やプラネタリウム、盆踊り、花火大会。昨年の夏は本当にいろいろなところに行きました。
先日、同じところに家族で出掛けました。息子と並んで歩く娘の姿が見えるようでした。一緒だったのでしょうか。展望台の上で、トンボの群れが風のように私を包みました。娘とお友だちだったのでしょうか。
昨年の夏がどれほど貴重な時間であったか、しみじみ感じています。

娘はどうしていなくなってしまったのでしょう。骨肉腫と言う病に原因がないのなら、やっぱり私に原因があるのかなと、思ってしまいます。

まもなくお盆です。昨年娘も一緒に囲んだ迎え火と送り火。今年は娘のために焚きます。こんなこと誰が想像したでしょう。
辛いです。

ゲスト  (2018-7-28 12:41 )

夏休み…
どこへ行っても楽しそうな親子連れが目に入り、本当に辛いです。

去年の夏は娘とお祭りやテーマパーク、家族旅行と楽しい、楽しい夏休みだったのに…

胸が張り裂けそうです。

たんたんママ  (2018-7-30 11:50 )

本当に辛いです。

高校生や20代の女性を見かけるとあんな風に笑っていたのかもしれないと思います。

羨ましくて、情けなくて、そして娘がかわいそうで申し訳なくて。

どのように考えたらいいのか、受け入れたらいいのか、わからないです。

骨肉腫 11歳で娘は痛みの  (2018-8-8 0:36 )

私の次女は、2017年7月に骨肉腫と診断され、抗がん剤治療から、手術、再度抗がん剤治療を受けていましたが、治療中に肺への多発転移と、手術した患肢に再発が見つかりました。それでも前向きに頑張っていましたが、2018年7月に呼吸ができない苦しみと、肺を埋め尽くした腫瘍の痛みで苦しみながら亡くなっていきました。
同じです…大丈夫なんだって思った直後に涙が急に溢れだし、最後は叫びに変わっています。苦しくて苦しくて、ただただ会いたい、声が聞きたいと願います。
たしかにあの子は居たのに…
この苦しみが癒えることは、ないんだと思います。
通っていた小学校、遊んでいた公園、同じ年頃の子、好きな食べ物…なにを見ても思いだし忘れることなんてないと思います。
家の中にはあの子のものが溢れてて、捨てることもできない。
この苦しみが癒えることは、ないんだと思います。毎日、死ぬことばかり考えます。
再発、転移がみつかり、どうしても諦めることが出来ずに地元から遠く離れた東京に転院しました。娘は東京まで来たから必ず治ると最後まで信じていました。
しかし、途中であまり薬が効いていない予感はあって、医師にも地元に帰ることも提案されていました。しかしそれは諦めることになりそうで、、東京でもう少しもう少しと思っている間に急変し亡くなりました。
また付き添いがずっとできる病院でなかったし、こんなに早く急変すると思っていなかったから、一人で耐える夜は長かったでしょう…
きちんと話をして、娘に選択肢を与えるべきだったと、、娘は最後まで、地元の小学校に戻ることを願っていました。
なんとか治してやりたい一心でしたが、親の勝手で娘は辛い最期を過ごすことになったと、後悔がつきません。

たんたんママ  (2018-8-18 21:28 )

骨肉腫にも色々な性格があると聞きましたが、同じような性格の骨肉腫だったのですね。
この夏初盆でした。お迎えの盆提灯はコンパクトで粋な柄のものを用意して、桜の柄のあるリンを新調しました。仏具も今は可愛らしいものもあって娘が喜びそうなものが目に留まってなかなか決められません。
と、そんなことをしていると我にかえって涙が止まらなくなります。「何してるんだろう…」
料理も一生懸命作りました。夢中になっているとそのことに集中するので前を向いていられます。自分が前を向いていられることを見つけながら笑顔で生きていくことが娘のためになるのだと思えるときもあれば、何でもないのに娘への思いが津波のように込み上げてどうして良いかわからなくなるくらい取り乱すこともあります。自分がおかしくなってしまったのではないかと不安になるくらい。
でも、お世話になっているお寺の住職さんはじめ、経験豊かな方の話を伺っていると、やはり笑顔で過ごす方が娘のためになるのでしょうね。わかってはいるのですが、頭のなかではまだ娘が天国に行ってしまったことすら理解していないようなのでどうしようもありません。

お盆が終わり、一周忌に向けてお墓の話を進めています。あーあ、お墓か…とどこから来るのかわからないため息が出ます。
娘の診断がついたのは9月下旬。入院したのは10月3日です。辛い秋がやって来ます…

レオ  (2018-8-30 11:55 )

8月8日に投稿させてもらった者です。
次女は8月23日が月命日でした。
私はずっと時間が止まったままです。
何を見ても娘を思いだし、何をしていても止まってしまいます。
夏休み、本当は抗がん剤も終了して、家族で出かけていたでしょう…夏休みの宿題の確認をしていたでしょうか…そんなことを考えていると、突然どうしようもない寂しさと慟哭に襲われます。
何とかして娘を呼び戻す方法はないだろうか?と、考えては、もう会うことはできないと、より寂しさが増して日に日に辛くなる一方です。
9月が娘の誕生日でした。昨年の誕生日、来年の誕生日を迎えられないなんて想像もしていませんでした。娘の病気は必ず治るって信じていましたから…
骨肉腫は5年生存率が約70%とか…その7割に入ると信じていました。
こんな副作用だけ経験して、痛みと苦しみのなかあっという間に居なくなるなんて考えもしなかったです。
後悔ばかりです。
毎日毎日あのこのところにいきたい。って思います。

たんたんママ  (2018-9-2 23:51 )

レオさん、同じです。全く同じです。昨年の夏可愛い水着を買いました。県内のリゾート施設に遊びに行くためです。足の痛みが治ってから、治すのが先だからと言っているうちに病気がわかり、まだ値札がついたままです。あの頃に戻りたい。どうしたら助けられるのか、といつも考えてしまいます。

今日は映画「コードブルー」を見てきました。娘の一部も一緒に。娘も夢中になって見ていましたから。でも、末期ガンの女性のストーリーも入っていました。色々なことが重なって、声をあげて泣きそうになりました。

その後、立ち寄ったレストランの脇の茂みで立派なキノコを見つけました。しかもそのキノコが見たこともないような巨大なナメクジに食べられていたのです。娘は植物や動物がとても好きでした。昆虫にも興味があって庭の蟻の行列をずっと見ている子でした。だから、そのキノコとナメクジの姿を見つけたとき、ふっと娘が隣にいるような感覚になりました。私は必死に撮影しました。娘も一緒に夢中になっていたと思うのです。

自宅に戻ってまた、いつものようにお風呂で泣きました。でも、布団に入った今はいつもよりちょっとだけ気分が良いのです。不思議です。

レオ  (2018-9-3 22:43 )

本当に…同じです。
病気がわかる直前に娘が水泳用のタオルが短くなってきたので、買ってって言われて買い替えたまま、水泳用のサンダルも替えました。
使わず逝ってしまいました。

コードブルー娘も大好きでした。娘は医師になるのが夢でコードブルーを目を輝かしながら見ていました。映画も見に行こうねって約束していました。

今日は娘の誕生日でした。
家族で涙を流しながら、お誕生日のケーキでお祝いをしました。
昨年の誕生日、来年に娘が居ないなんて思ってますなかったです。
塾の先生や、お友達、学校の先生が娘に会いに来てくれました。
きっとお昼前一人で娘の誕生日を偲んでは泣いてしまう私を心配して、みんなを呼んでくれたのでしょうか…

たんたんさんの娘さんと、天国で仲良くしているといいなぁ。

たんたんママ  (2018-9-9 0:38 )

娘さんのお誕生日だったのですね。お辛かったですね。それでもやっぱり娘さんと出会えた大切な記念日ですから、賑やかにお祝いできて良かったですね。
娘の誕生日は3月なのです。どんなお誕生日になるか、少し不安があります…

娘たちはきっと一緒です。
絶対に一緒です。
一緒ですとも!
あっちでもやっぱりパーティーしていたことでしょうね。

娘も、お友だちが大好きでしたから。

レオ  (2018-9-12 21:40 )

新学期が始まりましたね。
私は、玄関を開けると娘が帰ってくる姿が見えます。すぐ近くの小学校の運動場で活発に遊んでいる姿がみえます。
でも、それが幻覚だとわかったとき、喪失感、孤独感、怒り、寂しさが一度に襲ってきます。
そして、妬ましさや怨みも。なぜ、うちの子じゃないといけなかったのか。
遺影にすがって、お願いだから戻ってきてと、泣き叫ぶこともあります。

四十九日終わって、「早いね、もうそんなになる
」って言う人がいます。
私は、1日、一時間、1分が長いです…。

娘は、お友達と遊ぶことが大好きでした。
たんたんさんの娘さんと、あそべていたら何よりです。

抗がん剤、手術と苦しい思いばかりさせた一年でしたが、今、全てから解放されて、お友達とあそべていたらと、願うばかりです。

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