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たかしママ  (2015-2-10 10:49 )

こんにちは。

たかしママです。
また話したいを作りました。

よろしくお願いいたします。

今年は初めて息子の誕生日をお祝いできませんでした。2月5日でした・・・

またゆっくり書きたいなと思います。
まだまだ寒いです。みなさま、ご自愛くださいませ。


とろサーモン  (2015-2-15 16:13 )

たかしママさんこんにちは。

2月はお誕生月だったのですね。
うちは祥月命日が2月です。

思い出の月、節目の月、なんだかんだで一年中……
色んなものと照らし合わせて辛くなってしまいますね。

何回目のお誕生日だったのでしょう。
お祝いも照れくさいと思われる年月が立っているのかもしれませんね。

母としてそっと心の中で思い偲ぶのもありだと思います。お祝いできなかったご自分を責めないでくださいね。



ここ数日の雪で、外出するのも億劫です。
誰にも会いたくない時だってありますよね。
まさに今そんな状態です。
命日がくるのが怖いです。

sayamama  (2015-2-15 20:05 )

たかしママさん、お久しぶりです。
主のいない誕生日、やっぱり辛いです。お祝いできない時もあって仕方ないのでは?
またお話させてくださいね。

たかしママ  (2015-4-7 18:59 )

こんばんは、たかしママです。
みなさん、ありがとうございます。

去年12月にはいってから調子をくずし、鬱が再発し、ずっと実家に帰っていました。
息子の誕生日はひとり実家でごめんねと言いながら過ごしました。
24歳になりましたが私の中ではずっと12歳のような気がしています。

お花もなく、なんにもできなかったので来月の命日にはお花を豪華にしようかなと思っています。

春になって桜もイッキに咲いて、もう散り始めていますが毎年この季節は苦手になってしまいました。
それでもなんとかやりすごせるようになりたいなと思います。

またお話しさせてください。。。

たかしママ  (2015-5-21 17:40 )

こんにちは。
5月は長いです。

今月12日は息子の命日でした。
連休中にお墓参りにいき、11日にお花のアレンジが届いて、普段の日常とかわりない一日が過ぎました。
去年まで命日の前にあるGWや母の日をシャットアウトしてきましたが
今年は子供の日に街にでて、6日にお墓参り。
12年たって初めて落ち着いて命日をむかえることができました。
一番安心したのは息子かもしれません。

それでもやっぱり外へでると、もう私には子供はいないんだなぁと
いう悲しい現実を知らされます。
仕方ないとわかっていてもなんとも言えない感情が湧き上がってきます。

寝込まなかっただけでもよしとしよう、そう思います。

もともと明るい性格でもありませんが、そんな私でもいい、テンションもあがらないし、さめてると言われても構わない、いろんな私がいる。

みんないろんな事情を抱えて、普通の顔して生きている。

何かの本に書いてありました。

生きるって厳しいですね。。。



たかしママ  (2015-6-12 12:22 )

梅雨にはいり、体調もいまいちです。

先日、私の住んでる市で子育て支援の一環として赤ちゃんハイハイリレーというイベントがありました。
もちろん、私はテレビのニュースでみたのですが、今は行政が積極的に子育て支援に取り組んでいます。
私の時代にはありませんでした。

ハイハイしてる子供たちはかわいい。
でもみているとだんだん腹がたってきて、テレビを消してしまいました。息苦しくなりました。
頭ではわかっていても気持ちが・・・っていうのはよくありますし、
仕方ないですが、知りあいの女性のお孫さんもそれに参加し、娘さんやお孫さんの自慢話を聞きながら、インタビューされ、新聞にも掲載されたと切り抜きを見せてくれましたが正直ともに喜ぶことはできませんでした。
そんな自分を責めてもいません。

悲しみは消えることはなく、ずっと続きますが、人と関わると避けられないこともあるし、、、

私は関わるという言葉が負担でした。でもつながっている、そう思うと少し楽になりました。
どこかで少しでも繋がっていればそれでいいかなと。

こういうことを言えるのはここしかありません。

私も楽しい育児を経験したかった。それが言いたいだけなのかもしれません。

なんだか支離滅裂になりました。すみません。




sayamama  (2015-6-13 23:03 )

たかしママさん、世間の人にはなんてことのない話題が、私たちにとっては辛い事っていっぱいあります。
凹みますよね。凹んじゃっていいんです。
恵まれている人の現状を、笑顔いっぱい見せられたら、凹みますよ。ねたましく思いますよ。

もし子供が生きていたら、そんな風には思わなかった。仕方ないんです。私たちは悲しい親だから・・・。

たかしママ  (2015-6-15 20:52 )

こんばんは。

ssayamamaさん、そうですね・・・
いろんなことが子供を亡くした私たちには辛いですね。
凹んでも当然だろうと思います。

仕方ない。結局この言葉を何度も何度も言い聞かせています。

かーりー  (2015-6-16 10:11 )

よくわかります。
こういう感覚は実際に経験しないとわからないだろうと思います。
未経験の人に「わかるよ」って言われたらそれは勘違いだからとしか思えません。

私も昔は赤ちゃんが大好きでした。
でも今は人間の赤ちゃんを見るのが嫌になりました。

迷子は切ない思いで見てしまいます。
「いついなくなるかわからないのだから手を離したらだめ」
そう思ってしまいます。
駐車場など車の通るところで幼児の手を引かない母親を見ると無性に腹が立ちます。
私は小学生になっても手を引いていたのに、と。

日常の何気ないことが悲しいですね。

くるみ  (2015-8-4 15:46 )

たかしママ様、皆様こんにちは。
こちらのサイトには度々お邪魔させていただいて、心を癒されたり共感したりとこのサイトに来るのが日課になってるくるみです。

今回は久しぶりに投稿します。今回は誰にも話せない私の本音を書かせてください。
14歳の娘を骨肉腫で亡くしました。
来月で7回忌を迎えます。
娘が居なくなったこの年月必死でした。日常生活をなんとか送り、周りの人から見れば心の奥底の想いなんて分かるはずもなく・・・

娘は元気なら今年二十歳です。たまたまつけたテレビに娘の同級生がインタビューされていました。就職して立派に活躍されている姿・・・
同級生の成長した姿は眩しすぎます。急に娘の闘病している姿を思い出して涙が止まりませんでした。
ホントなら娘も綺麗な女子大生になってたんだろうな・・・なんて想像して。

6年が過ぎた今でも急に悲しみに引き込まれてしまいます。
なんでなんで辛い治療をあんなみ頑張ったのに、今はやり場のない怒りを隠して生きています。

たかしママ  (2015-8-5 20:58 )

こんばんは。

くるみさん、お久しぶりです。
来月は娘さんの7回忌なのですね。

ずっと頑張ってこられたくるみさんを思うと胸が痛みます。

心の中も、過去のいろんな出来事も見た目にはなんにもわからない。
その人がどんなものを背負い生きているのか、わかりませんよね。

悲しみや怒りも当然で、でもそれをだすことなく生きてらっしゃるくるみさんを思うとそばにいって、背中をさすって一緒に泣きたいなって思います。

同級生の姿も眩しいですよね。
私は子供をみると腹がたつこともあります。
なんでみんな元気なの?って・・・
今は夏休みでどこも子供が多いです。余計にそう思うのかもしれません。

同じ経験をしてない人には本音を話してもわからないから
私も話すことをやめました。
考え方も変わりましたし、何か言えば、おかしいと言われるのは
わかっていますから。

悲しいときはたくさん泣いて、ここで吐き出してくださいね。

私も書き込みはできなくても、毎日このサイトにきています。





かーりー  (2015-8-8 13:16 )

子供が亡くなるニュースは悲しい。また自分と同じような親ができてしまったかと思うから。
楽しそうな子供の声を聞くのは辛い。自分には過去のことでしかないから。

駐車場で小さい子の手を引かないお母さん。
泣きながら後ろからついていく子供を振り返らずどんどん歩いて行ってしまうお母さん。
迷子になりかけた子供をただ叱ってばかりいるお母さん。
見ると叫びたくなってしまう。
「いつでも子供がいるのが当たり前だと思わないで!」と。

たかしママ  (2015-8-25 11:37 )

こんにちは。

みなさんの投稿を読んでいます。

時間がたつにつれ、悲しみが増していくのはおかしなことでもなく、当然だと思います。
私も最初の1年より2,3,4年のほうが苦しくてどうしようもありませんでした。

わが子を失ったあと生きていくのが本当に辛くなりました。
どう生きていけばいいのか、私はなんで生きてるのかわからなくなるときもあります。

時間がたって少しずつ希望も芽生えましたが今は暗闇の中にいます。

息子が亡くなってある会に参加したとき、子供の死は乗り越えなくていいと言われました。この言葉に少し肩の力がぬけたような気がしましたが、
悲しみは一生だなと思っています。

普通に生活してるようにみえても誰にもわからない悲しみを背負い、生きています。

他の投稿での2年連続での葬儀、本当にお辛いことと思います。
私も叔母ではありますが2年つづけて見送りました。
息子が亡くなってから私は火葬場にいけなくなりました。
申し訳ないですが火葬場にはいけませんでした。
あの記憶がよみがえってきます。
暗い重い鉄の扉の向こうに息子は入れられ、
これでもうあの子の身体にふれることはできないと。

8月は特になにかあるわけでもありませんがどうしてか辛いです。
命日の5月はもちろんですが、先週末のチャリティー番組もちらちら見てしまったので
辛い感情と怒りさえありました。

時間がたってないのですから悲しくて辛くて当たり前なんだと思います。

買い物も夜にいったって全然かまわない、人をさけて、ときに人と関わるのをしなくたってっていい、無理に自分にふたをするよりいいのではないかと思います。

いつもいつも同じ気持ちでいられることはできません。悲しい経験をした私たちですから
他の人と比べる必要もないし、
泣いてやれるのは親である私たちだけです。

今はこんな母親でも息子は悲しんだりしないと思っています。

穏やかにやり過ごせる日はくるのだろうか、先のことを考えても思うようになりません。
悲しいときは悲しいまま。

でも辛いですね。







かーりー  (2015-9-8 11:34 )

夏が終わりを迎えたようですね。
やっと夏休みが終わって少しホッとしています。
朝から元気な子供の声を聞くのは辛いので。
私の家からは通っていた保育所も小学校もとうとう一日も通えなかった中学校も近いのでキツイです。

子供の死は乗り越えなくていい。
子供の死を乗り越えた人を知らない。

この言葉に救われた思いです。
ルーティンのように毎朝毎晩息子の写真に手を合わせていても、私の父母には昨夜見た息子の夢のことはわからない。
夢の中でも病気だったけど生きていて、死なないで欲しいと願って朝目覚めた時の虚脱感は計り知れない。

きっとずっとこうやって生きていくんだなと思います。
それでも乗り越えなくていい、そう思うだけで少しだけ肩の荷が下りた心地です。

書いてくださった方、ありがとうございました。

くるみ  (2015-9-9 22:10 )

こんばんは。随分涼しくなりましたね。
6日に久しぶりに夢で娘に会えました。
小学校低学年?運動会のお遊戯をしている娘でした。
本当に可愛い子でした。
ちょっと気が強くて強情な所も、お勉強が大好きな所も負けず嫌いな所も愛おしい。
命日がもうすぐです。7回忌です。
いつもこの時期落ち着かず、何もかも不安になります。
それを人に悟られたくなくて、無理している自分がいます。
何年経っても哀しいし、諦められない。でもそれを口に出すことは出来ないですね。
今夜もなかなか眠れそうにないけど、また娘に会えますように。



かーりー  (2015-9-10 11:28 )

くるみさんこんにちは。
うちは先月が祥月命日でした。6回忌にあたります。
くるみさんの娘さんは7回忌ですか。うちの子の前年に亡くなられたのですね。
こういうふうに◯回忌というともうそんなに経ったのかと思いますが、闘病中と亡くなってからの悲しい1日1日の継続になっているので「過ぎた」とは思えないんですよね。

周りに悟られたくなくて悲しそう辛そうに振る舞わないことで無理をしてしまう気持ち、すごくよくわかります。
というか同じ経験をした私達にしかわからないんだと思います。

夢でもいいから会いたいですね。お盆に帰ってきてくれてたのかもしれないけど気づけなかったから…。

毎朝毎晩故人(祖父母も含めて)手を合わせる時に心の中で言っているのですが、くるみさんの娘さんの魂もどうぞ安らかでありますように。

にじ  (2015-9-11 19:40 )

こんばんは。
こちらに投稿するのは本当に久しぶりです。
いつも皆さんの投稿を深く頷きながら読ませていただいています。

私も息子を亡くして4年が経ちましたが、
悲しみは無くなりはしないし、返ってつらくなるような気がしています。

生きて行くのは本当につらいことですね。

火葬場の記憶は地獄です。
張り裂けんばかりの大声で泣き続けてしまい、
従業員の方が何か言いに来たのを感じましたが、
なかなか止まりませんでした。

この悲しみは決して乗り越えられるものではないと私も思います。
ずっと悲しみと共に生きて行くしかないのですよね。

時々、無性に空しくなります。
涙が溢れてきます。
自分に起きてしまったことの大きさが怖くなります。

でも、皆さんの投稿を読んで、
私一人じゃないんだと思え、本当に救われています。

例え4年が経っても、泣いてやれるのは親だけですもんね。
それでいいんですよね。

さあちゃんの母  (2015-9-13 14:41 )

私も、大変久し振りに投稿させて頂きます。
昨年、5月に急性骨髄性白血病で13歳の次女を亡くした者です。毎日の様に、こちらの皆さんの投稿は拝見しておりましたが、なかなか投稿出来ずにおりました。昨年、お見かけ
した皆さまの投稿は少しずつ減っておりましたので皆様、悲しみ、苦しみを抱えながら
日々、お体壊さず過ごされているかなあ、あの方はどうなさっているかなあとよく思ったり致しております。
私も、この4月から仕事を始めて何とか頑張っていかねばと自分なりに頑張っておりましたが、精神状態が又崩れてきてしまい、パニック症候群の様な状態になり通っておりました心療内科医師から少し休むか、辞めた方が良いと言われ、とても忙しい所だったので
復帰する自信がわかず辞めてしまいました
。又、平日は主人、子供達が帰ってくるまで
一人でふさぎ込んでおります・・
生活の焦りやふとわいてくる大きな悲しみ、
色んな気持ちで心が折れそうです。
今日は娘が通っているはずだった中学校の運動会
3年生最後の運動会・・どんなだったんだろうか・・小学生の時は学年でも早い方だったが中学校では吹奏楽部に入る予定だったから
多分、運動部に入った子にはもう叶わなかっただろうなとか・・3年生は特に盛り上がるはず、どんなテンションで参加してただろうとか色々考えては涙が出てきたり、悔しさがわいてきたり、そんな体験もさせてあげれず
御免ねと言う気持ち、同級生の子らに対して、その親御さん達に対しての嫉妬心を持ってしまったり・・自己嫌悪になったり苦しいですね

何でこんな事になってしまったんでしょうかね

会いたい、触れたいですね

すみません、まとまりのない文章になりましたが、最近、もう1年になると周りの方々へ話せなくなっていることを
吐き出させて頂きました。

皆様、どうぞ ご自愛下さい

かーりー  (2015-9-16 15:13 )

うんざりしたのでこちらで吐き出させてください。

母がテレビを見て(私が見たくないテレビです)いろいろなことを言うのですが、先程は自殺の調査についてやっていたのです。
息子が死んだ瞬間に自殺を考えた私は当然そんな話はしたくないので無視していました。
PCが母の部屋に設置してあるため、私が嫌いなテレビを見ていてもPCをやっている間は文句を言えないので、黙ってPCを見ていました。

すると母が文句を言い出しました。
「私が話している時に無視するのは私の話が気に入らないということか」と。
「察して」と言うと更に不機嫌に。

ああこの人は私の心情が理解できないんだなとほとほと呆れ、残念な気持ちになりました。
やっぱり血が薄いんだなと。
まあ普段から何でも気が合うとは言いがたいのですが、母はセンチメンタルなことが大嫌いなので心情を吐露する気にはとてもなれないんですよね。

同居人がいるってこういう時にとてもうんざりします。

ゲスト  (2015-9-18 22:30 )

カーリーさんの気持ちとってもよくわかります。
私は母とは同居してないのですが、あまりにも気持ちの持ち方が違い過ぎてとまどいます。
「もう私は幸せにはなれない」と言うと「○○(娘の名です)だけがすべてではない」と言われました。私を元気づけようとした言葉だとはわかっています。
でも○○だけが私のすべてだったのです。

かーりー  (2015-9-21 22:10 )

ゲストさん共感ありがとうございます。
そういう言い方一つがどれだけ心を傷つけるかがわかってないんですよね。
きついですね。

お母さんが悲しんでばかりいると子供も悲しむよという言い方も嫌なのですが、子供だけが全てではないとは…。

いつもだいたい何かをする時に「どうしてあの子がここにいないのだろう」と思うのですが
まさかそんな気持ちでいるとは思いつきもしないのだろうと思いますね。

sayamama  (2015-9-27 23:51 )

さあちゃんの母さん、もしかして3人のお子さんのうち真ん中の娘さんを亡くされた方では?もし違っていたらごめんなさい。

色々頑張ってらっしゃったのですね。でも心と体がまだまだ頑張れる状況ではなかったのですね。

私は娘の3回忌の約2か月後、パートに出始めました。私の場合は家で一人で泣く時間が減って調子よくなったのですが、先月末一方的な理由で解雇されて、現在就活中です。

喪失感はいくら時間がたっても軽減されず、でもこちらはおなかも減るしトイレも行く。生きていかないといけない。家事もしないといけない。時間がたてばたつほど、悲しみにずっと浸れない状況になっていくけど、悲しみは減らない。そのギャップが厳しいです。

1日1日青息吐息で過ごす毎日です。

ゲスト  (2018-9-5 11:23 )

明日は娘の4回目の月命日です。
そして今月は娘の誕生日…
まだ4ヶ月…
もう何年も何年も苦しんでいるように思います。

元気そうでよかった!私を見て周りの人はそう言います。
みんな知りません。私が無理して笑っている事を。

今は苦しいかも知れないけど時間が経てば少し楽になるよ。頑張って!
周りの人はそう言います。
みんな知りません。
子供を失った悲しみが、苦しみが、時間の経過と共にやわらぐことなんてないことを。

やはり当事者にならなくてはわからないことです。
私もちょっと前までは向こう側の人間でした。
わかってくれとは言いません。
わかってほしいとも思いません。
同じ苦しみを味わってほしいとも思いません。

どんな言葉で傷つくのか、どんな態度で傷つくのか、わからなくて当然なのだと自分に言い聞かせています。

どうしたらこの苦しみから抜け出せるか、少しでも楽になれるのかそんなことばかり考えていました。

でもそれは無理です。

自分がこの世を去るその瞬間までこの苦しみからは逃れなれない。

それならこの苦しみと共に生きていくしかないんですよね。

悲しみの中でほんの一瞬でも楽しいと思えたり、食べ物食べて美味しいと思えたり、笑えたり、それがあればいいと思うことにします。
幸いにして私は食事がとれます。
笑うこともできます。
寝ることができます。

それだけでもありがたいことです。
私は生きなくてはなりませんから。








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