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20歳の娘を亡くし来月5回目の命日を迎えます。

sayamama  (2018-4-21 16:18 )

こんにちは、ずいぶん久しぶりにこちらに来ました。2013年に、難病で13年間共に闘病してきた20歳の娘を亡くした、sayamamaと言います。
亡くした当時、自分でも気が狂わないのが不思議でした。とにかく娘に会いたくて会いたくて、でも会えなくて苦しくて辛くて、自分を責めて、泣いて叫んで暴れて。家にいても涙、外に出ても涙。家でも外でも何を見ても聞いても、娘の事ばかり思いだされ、でも娘の実体は見えず触れず、その現実と自分の思いのギャップを持て余し、この苦しみから救って欲しくて、心療内科に行きましたが、どんなに薬を出されてもちっとも楽になれず・・・。
夫がいるので買い物に行き、最低限の家事はしましたが、ほぼ引きこもってました。とにかく毎日、娘に会いたい、死にたい、と思うばかり。眠れなくなり睡眠薬を大量に飲み、食欲もなくなって1年で10圓笋擦泙靴拭

娘が亡くなって1年後、夫の転勤で古巣の関西に引っ越しました。後生大事においていた娘の部屋はなくなり、娘の遺品も夫に強引に処分されました。でも今から思えばそれがよかったのかもしれません。娘との思い出の深い街から離れ、少しは気が楽になりました。家に籠っているとひたすら娘の不在を感じて辛いので、ためしに働きに出ました。最初は1日だけ。徐々に時間と日数を増やしていきました。それでも悲しみ、苦しみ、自責の念と自殺願望は変わらず、食欲が戻ると暴飲暴食に走る日々。今度は1年で20堊え、糖尿病を宣告されました。

死ねるのなら治療はしなかった、でも糖尿で失明したり足の切断をするのは死ぬより辛くて、お酒をやめドカ食いも慎み、今も薬を飲んでます。娘が亡くなって丸三年たった頃、少しずつ私の心に変化が現れました。それまでは娘が死んだのは私のせいだ、と誰に否定されても頑強に思い、自分を責め続けてましたが、責めるのに飽きてきました。ちょうどその頃やっと良い心療内科の医師とカウンセラーに会い、自分に合った薬を処方してもらい、苦しいのが少し楽になっていきました。

関西に引っ越してからブログを始め、辛い思いをブログで吐きだし、たくさんの天使ママさんと知り合い、実際に会ったりしました。子供を亡くした親の会にも積極的に参加しました。そうして同じ立場の人に会ってる瞬間は勇気をもらえましたが、家に帰れば辛い現実に一人で向き合う事ができず、堂々巡りの毎日でした。でも何度もそれを繰り返すうち、螺旋状に気持ちが少しずつ上向いてきました。

そしてブルースモーエンメソッドと出会い、今私は自分の妄想の中で娘と会う事ができるようになりました。たとえ妄想でも気持ちは落ち着くようになり、あの辛い鬱状態から脱出できました。
今は減薬をし、仕事に趣味に充実した毎日を送っています。そんな私を娘はきっと喜び応援してくれています。いつかきっと娘に会える、そう信じて日々生きています。

私のこの経験が今生き地獄で悶え苦しんでいる皆さんの、少しでもお役に立てれば、と思います。その地獄は永遠に続くように思えますが、決して永遠に続きません。悲しみはなくなりませんが、苦しみは消えていきます。時間とたゆまぬ努力が必要です。何よりもいずれ自分が死んだ時、必ず愛しいわが子に会える事を確信して下さい。魂は不滅です。皆さんのお子さんは消滅したわけではなく、違う世界で生きています。私は本当のミディアムさんに会ってそれを確信しました(でも偽物の方が多いので要注意です)。

悲しい時は泣いて下さい、叫んで下さい。でもどんなに後悔しても、ご自分を責めないで下さい。人の寿命は運命です。神ならぬ身では防ぎようがありません。お子さんは親を心配しています。少しでも早くお子さんを安心させてあげましょう。でも無理はしないで下さい。お子さんはお母さん、お父さんが寂しくないように、きっと新たな人たちと結びつけてくれます。一人ではありません。同じ立場の人と繋がることで、前進する勇気をもらえます。

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