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ポコさん>子供を喪って自分を責めない親はいません

sayamama  (2017-3-27 23:31 )

ポコさん、初めまして。難病の娘を13年間の闘病の末、20歳で喪ってしまったsayamamaと言います。
現代医学では治療法のない難病、しかも非常に希少例だったため、長くは生きられない事は考えていました。それでも娘を喪う事など考えたくなくて、絶対治る、この子は助かる、私が守ってやる、と気合で私も13年間戦いましたが、奇跡は起きませんでした。

13年いつも頭の片隅に「死」を考えない日はなかった私でさえ、いざ娘を亡くした時は強いショックを受け、最初は信じられず、次に毎日一緒にいた娘と会えない日がたつにつれ、本当になくなったのだという実感がわいてきて、苦しくて辛くてどうしていいかわからずに、壁やベッドをたたき、絶叫して泣く日々でした。

私でさえそうだったのですから、ポコさんの苦しみ、悲しみはもっともっとお辛い事と思います。子供を喪って自分を責めない親はいません。私も娘が嫌がるのに、副作用を気にして薬を減らしてもらったことが、結果的に病状悪化につながったようで、毎日自分を責め続け、罪の意識から逃れるために自傷行為までしました。

私も当時、夫と娘と3人暮らしだったので、夫が出勤してから帰って来るまで、本当に気が狂いそうでした。だから、少しでも気持ちが落ち着かれるまで、ご実家におられる事をお勧めします。本当は旦那様も一緒に同居して下さるといいんですけどね。

マンションのベビーコーナーは、ご主人に頼んで片付けてもらった方がいいと思います。帰った時に辛いです。
そしてできれば、外に出られる事をお勧めします。たとえ無理やりでも。
最初は誰かと一緒に外出し、心が許せる友達がいたら、その人と会ったり、趣味があったらその関連の外出されたらいいと思います。

ただ最初は全く楽しめません。それが当たり前です。何を見ても何を聞いてもわが子を思い出し、涙があふれてきます。私は娘が亡くなって初めて、「上を向いて歩こう」の歌詞の意味がわかりました。いつ泣けてくるかわからないので、外出時はサングラスにマスクが欠かせませんでした。
できれば、お仕事されることもおすすめします。私の中ではこれが一番効果がありました。仕事中は仕事に集中しなければならず、他の事を考える暇があまりないからです。

心療内科にも通いました。自分に合うクリニックをみつけるまで、ドクターショッピングの日々でした。今やっとカウンセリングと投薬をしてくれる所をみつけ、私に合う薬も処方してもらえて、悲しみは減りませんが、少しは苦しみが減って来ました。

でもここまでくるのに、4年近い歳月を費やしました。最初は時間薬などない、と思いましたが、今はあると思ってます。悲しみはいつまでもあります。でも自分を責める事はある程度したら、あまりやらなくなります。とことん責めたら飽きてくるのか、自分を苦しめないための自衛なのかわかりませんが。

今は出口の見えない真っ暗なトンネルの中にいるお気持ちだと思います。でもそこには、ご主人さまもいます。このサイトに訪れる仲間たちもいます。ポコさんは決して独りではありません。そしてこのトンネルにも必ず出口はあるのです。私はやっと遠い所に、淡い光を見つけたような気持ちになってます。

死後の世界を信じることは、わが子との再会を期待できるので、そういう本を読まれる事もおすすめします。私は今、東日本大震災で家族を亡くした人が、その後不思議な体験をした「魂だけでもそばにいて」という本を読んでいますが、体は滅びても魂は存在してるのだと、感じることができました。

江原啓之さん、飯田史彦さん、武本昌三さん、エリザベス・キュプラー・ロス、シルバー・バーチなどの著書がお勧めです。

ポコさんご自身も、心と同時に事故で身体も普通の状態ではないでしょう。どうかくれぐれもお身体ご自愛下さい。そしてたとえ短い命でも、お子さんが生きた証を残す事も考えてみてください。色々方法はあると思いますが、一番の方法は、ポコさんが生きていてあげることです。そうすればお子さんは、ポコさんの心の中で生き続けるのです。ポコさんや家族の皆さんがいなくなれば、それこそお子さんの存在は誰にも知られなくなってしまうから。
私もそう思って、歯を食いしばって生きています。私が死ねばあの子も再び死んでしまう、そう思ってどんなに辛くても生き続けよう、と今は思えるようになりました。

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